sm

SMについて③

どうも陰性の妖精みさきですಠ_ಠ

今回も前々回に引き続きSMについてあーだこーだ言わせて頂こうと思います。

SMについてお話しさせて頂くのは今回が最後になりますが、これからもSMについて何か思いついきましたら、ちょいちょいこれらの記事を編集して何かを付け足したり消したりしていこうと思っていますのでよろしくお願いします。

いつかSMについて何か気になる事がありましたら、今一度これらの記事を眺めてみると、何か新しい内容が付け足されているかもしれませんので、その辺も楽しんで頂けるととても有り難いです。

そして、こういった一言を添えておけば以前の記事も含めてもっと閲覧数が稼げるのではないか、と思ってしまった私の浅ましく卑しい心情を、どうか皆様お許し下さい(◠‿◠)ペロペロ

最後にもう一度お伝えさせて頂きますが、こちらを読んで頂くにあたって

これはあくまでも私の個人的な意見であって

これがSMの全てだと言うわけでは全くないということ

下記はサディストという立場から書かれた内容であるということ

自分の思うSMの全てを言語化するには至らなかったということは

予めご了承お願い致します。

[サディストの種類]

サディストには主に《支配欲》《愛したい欲求》《能動的リビドー》という性に対する欲求がある事は以前お話しさせて頂きました。

そしてSMとは「征服」の体現であり、その「征服」というものは、

サドが快楽を与る

マゾがそれを受け取る

その流れのどこかでサドが快楽を得る

という過程を踏む事も以前お話しさせて頂いたと思います。

ここではこの過程の中でサディストは具体的にどうやって快楽を得ているのか、についてお話しさせて頂こうと思います。

もちろん快楽の受け取り方はそのサディストによって様々だとは思いますが、自分は快楽を受け取るルートの違いによってサディストは三種類に分類されるであろうと考えておりますので、ここではそちらについてご紹介させて頂こうと思います。

私は自分が受けるイメージから、その三種類のサディストを「暖色」「寒色」「黒色」と分けて呼んでおりますので、ここでは自分が勝手に名付けたその呼び方のままご紹介させて頂こうと思います。

①「暖色」のサディスト

《加虐→マゾの反応→快楽》

まずご紹介するのは「暖色」のサディストについてです。

男性のサディストに最も多いのはこの種類のサディストではないかと思います。

「暖色」のサディストとはマゾの反応そのものを目的として加虐を行う類のサディストのことを指します。マゾが見せる快楽と苦悩の表情、身悶え、愛液、汗、吐息、喘ぎ声、屈服感、悲壮感、

それらを見たい得たいが為に加虐を行うのが「暖色」のサディストです。

彼等は加虐そのものではなく加虐によってそこにマゾが引き起こす現象に興奮する生き物であり、そこに最大の快楽を見出します。

そしてこのタイプのサディストはマゾが興奮すればするほどサドも興奮するという傾向にあります。

マゾの興奮=サドの快楽であることがこのタイプの特徴であり、つまりは肉体よりも精神でSMをするのが「暖色」のサディストなのです。

与えたものを悦びとして受け取ってもらうことに意味があるので、彼等はその行為の為の試行錯誤を惜しみません。

SMを商業として成り立たせるにはこのタイプが向いているように思えますが、お客様との距離感という観点から見た場合、このタイプはお客様とあまりにも近い距離感を保ってしまうので少し危険です。しかしこのタイプのサディストが様々なジャンルのマゾに対応できる可能性を最も秘めているのも確かです。

②「寒色」のサディスト

《加虐→好奇心の充足→快楽》

次に「寒色」のサディストについてですが、これは[女王様]と呼ばれる方々に多いタイプのサディストだと思います。

このタイプは自らが持つ「こういうことをしてみたい」という好奇心に従って生きるサディストです。

好奇心によって加虐を与え、マゾの反応や手ごたえによってそれが面白いのかつまらないのかを判断します。

マゾ側の反応によってサディストの充足感が左右されるのは暖色のサディストと同じですが、このタイプのサディストにとって大切なのは、その行為が「面白いか面白くないか」「楽しいか楽しくないか」という事であるため、興奮を得る為の行為というよりも、好奇心を満たす為の行為として加虐を与える傾向にあります。

このタイプのサディストは様々な種類の加虐行為に興味を持つため、その行為によって引き起こされる事故について詳しい知識を持っている場合が多く、結果的に安全面への配慮に優れたサディストが多いです。

「暖色」が精神のSMならば「寒色」は精神より肉体を酷使するSMを好むサディストと言えます。

このタイプもマゾの要望に広く対応できますが、自分の興味のある加虐行為とあまり興味のない行為がはっきりしているので、行われるプレイの内容やその日のコンディションによってプレイにムラがあったりします。

しかし商業的なSMをするのであればこのタイプが最も向いていると思います。

このタイプであれば過激で楽しいSMらしいSMを面倒ごと抜きでサクッと楽しむ事ができます。

③「黒色」のサディスト

《加虐=快楽》

最後に「黒色」のサディストについてです。

このタイプのサディストが真性のサディストであると自分は思っております。

きっとサディズムの語源となったマルキ・ド・サドもこのタイプでしょう。少なくとも彼が己の中にこの「黒色」のサディストを飼っていたのは間違いないと思います。

「暖色」がマゾの快楽に震える者であり、「寒色」が己の好奇心に従う者であるならば、「黒色」は己の衝動に耽る者です。

間接的な快楽でも好奇心でもなく、このタイプは最も根源的で本能的な欲求に従う生き物なので、ある意味では最も純粋なサディストと言えます。

このタイプにとってマゾはただ悲鳴を上げるだけの存在であり、マゾの快楽に関しては全くの無関心です。容姿、年齢、性別さえ問わないようなタイプも存在します。

このタイプがプレイに興じる時は、社会のあらゆる抑圧から解放され、ただ溢れ出る己の衝動に身を委ねます。それは自然の中で生きる人間としてとても美しい姿なのかもしれません。

このタイプのサディストにはマゾに対応するという発想が皆無であり、むしろプレイにおいてはマゾがこのサディズムに対応できるかどうかという状況になってしまいますので、商業としてSMをするのには全く向いていないタイプと言えるでしょう。

しかしこのタイプのサディストはサディストの中でもとても希少な存在ですので、もしもこのタイプとマゾの癖とが合致したならば、他では決して満足できないような快楽を共有できるでしょう。

[DVとSM]

DVというものについて取り分け詳しい訳ではありませんが、よくDVととSMの違いについて問われることがあります。

個人的には暴力で屈服させるのがDVであり、それ以外で人を屈服、または服従の形をとらせるのがSMであると思っております。

「形をとらせる」と表現したのは、SMというのはあくまでプレイであり、実際に心底屈服させたり服従をさせる必要はありません。

その場を楽しめる関係性さえ作れればいいので、ある意味でSMは「ごっこ」の要素を含んでいるのです。

しかしその「ごっこ」を突き詰め、真剣に向き合っていくことでSMというのはとても魅力的な遊戯に昇華されます。

そういう点でまもDVとSMは全く違うものだと思っております。

SMが暴力以外でどのように人を屈服させるかについてですが、それは「言動」「態度」「仕草」「慈悲」など色々と要素があると思います。サディストが屈服させるつもりなどなくとも出会ったマゾに従われてしまう、というようなケースもあるでしょう。

しかしこれはSM従事者に限らず一般の方々の生活の中でも起こりうることで、人を惹きつける力というのはどこの世界でも大切なのかもしれません。

サディストに最も必要なのは技術でも知識でもなく、カリスマ性なのではないかと最近は思っております。

DVはSMと呼べるのかという問いに対してですが、呼びたければ呼んでも構わないのではないかとは思います。

しかし「黒色」のサディストのように己の衝動をぶつけるわけでもなく、ただ感情的に、自制心を失った怒りのままに、加虐行為を行う様は少しも美しくありませんので、個人的にはそんなものをSMとは呼んでほしくはありません。

SMというものは、もっと理性による愛情や本能による衝動の美しさで溢れた営みであってほしいと思います。

[マゾヒストの種類]

〜をしてほしい。

エゴマゾ

テンプレートはない

技術というのはその一つ一つ違うものに対して対応するための手段であって

毎回毎回が一からの模索

最も重要なことは

征服、被征服の関係によって

二人の心身が快楽に溺れていられるということ

だからこそSMは最も簡易的で魅力的な現実逃避の手段

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。