囚人

SMについて①

どうもペロペロケルベロスことヒメゴト東京みさきですಠ_ಠ

自分にはSMバーで働いたりSMショーをやっていた過去がありまして、そのせいか
SMとは何なのか?
何が楽しいのか?
怖い世界なのではないのか?
というご質問をお客様から頂くことが多くあります。

しかし、自分は今までSMというものを本能や感覚でやってきてしまい
また、SMバーやショーの時はそれをお体で直接体感して頂いていたので
そのご質問に対していつも具体的な答えとしての文面を提示できず、その現状をとても歯痒く思っておりました。

イメージはすごくあるのですが
どうやってそれを口頭で伝えれば良いのか
どの手順で話せば分かりやすく伝わるのか
それがわからなかったのです。

なので今日は自分の思うSMについて
可能な限り言語化してお答えすることに挑戦しようと思います!ಠ_ಠ ヨロシク

こちらを読んで頂くにあたって
これはあくまでも私の個人的な意見であって、これがSMの全てだと言うわけでは全くないということ
下記はサディストという立場から書かれた内容であるということ
自分の思うSMの全てを言語化するには至らなかったということは、予めご了承お願い致します。

[SMの成立]

SMとは最も手近で魅力的な現実逃避の手段だと思っています。
そしてそれは、己の本質的な部分を剥き出し、己に秘められた真の欲求を解放し、それをぶつけ合う事で満たし合い、慰め合うというとても耽美的な行為でもあると思います。


しかしそれを成り立たせる為には
心身を征服したい者

心身を征服されたい者
の存在が不可欠となってきます。

まずはどのようにしてその二者の存在が成り立つのかについて
私なりの見解をお話させて頂こうと思います。

はじめにお伝えしておきたいのは
この二者の関係が成り立ちさえするのであれば
それがどんな形のプレイであっても
SMプレイになり得るということです。

道具や技術を駆使するような高度なプレイでも

一方的で暴力的なハードなプレイでも

身体の寄せ合いで満たし合うようなソフトなプレイでも

征服、被征服の関係がそこに成り立つのであれば
それぞれのプレイに優劣などはありません。
どれもが歴としたSMと言えるでしょう。

お互いの欲求がどんなものであれ
その欲求が相互理解のもと
見事に融合を遂げるのであれば
そこに二人の最も理想的なSMが誕生するのです。

ではなぜ
同じSMプレイなのにこれほど内容に差があるのか。

それはもちろんその二人の趣味趣向、即ち本質的な欲求の性格にもよるとは思いますが主にその差異を左右するのは
その二人の間にある「征服」の度合いだと思っています。

ここで言う「征服」とは

サドが快楽を与る

マゾがそれを受け取る

その流れのどこかでサドが快楽を得る

という過程を経た状態を指します。

この「征服」の度合いついてご説明する為の下準備として
まずは自分の思うサディストとマゾヒストが持つ
「願望」についてご説明させて頂こうと思います。

S側の願望というものは主に

「この子を従わせたい」
↑《支配欲》
「この子のはしたない姿を引き出したい」
↑《愛したい欲求》
「欲求をぶつけたい」
↑《能動的リビドー》

の3つがあると思います。

そしてこれらは潜在的な上限はあれど
サディストであれば誰もが持っている三要素だと思います。

そしてサディストはマゾヒストの性質によって
柔軟にこの欲求の強弱をコントロールできなければなりません。

サディストとはこのコントロールにすら興奮を覚える性癖の生き物なのです。
(もちろん人によってそれぞれの欲求に上限と下限があり、その限界値こそがサディストのもつ個性です。)

M側の願望としては

「この人の全てを受け入れたい」
↑《服従欲求》

「人間で在り続ける事を辞めたい」

↑《回避欲求》

「欲求を満たされたい」
↑《受動的リビドー》
の3つがあると思います。

《服従欲求》というものはなかなか理解されにくい欲求かもしれませんが
これは《愛情を実感したい》という願望が発展したものだと捉えて下さい。

相手の想いや欲求を受け入れ耐えることで
そこに愛情を感じ取りたい。
その思いが発展した結果
相手への「服従」という形をとるのです。


《回避欲求》というものは簡単に言えば「日常生活への疲れ」からくる欲求です。毎日を頑張る事に疲れた時、人は人を辞めたくなったりします。

そんな時に、赤子や動物や奴隷のように扱われ「今日は人間じゃなくていい。だから社会で頑張らなくていい。」という風に誰かに言われたい、そう認めてもらいたい。そんな欲求もSMプレイを盛り上げる為の燃料になったりします。

これらの欲求も人によって潜在的な強弱はありますが
そもそもマゾヒストの素質を持つ本人が
この願望に無自覚だというケースもあります。

無自覚なマゾヒストの内にあるこの欲求を引き出せるかどうかによって
サディストの腕が決まるとも言えるでしょう。

開発の具合によって引き出せる欲求の上限というものも変わってきますので
サディストはここで開発の技術も問われてしまいます。

S側とM側に共通した願望として
《相手に喜んでほしい》というものがあります。
より深いSMを味わうためには
お互いにその願望を持っていた方が良いでしょう。
溶け合うようなSM本来の甘味を理解するには
この前提は必須です。

少なくともサディストの前提にこの要素がない場合は
SMプレイの実施そのものすら成り立たないでしょう。
相手を慮らずに加虐行為を行ったのであれば
それはただの暴力です。

どんな過激なプレイ内容であっても
サディストの行いは常に暴力と真逆でなければいけません。
サディストの行う加虐行為の全ては
マゾヒストへの抱擁なのです。

この意味をなかなか理解して頂けないので
SMというものは誤解されやすいのですが
この意味はこれを全て読んで頂ければ
きっと理解して頂けると信じて記します。

(風俗というのは性サービスの提供ですので、お客様は《相手に喜んでほしい》などという感情を我々キャストに持つ必要はありません。
M側にその前提がなくともSMはできるからいいのですが
SMプレイを続けていると
《相手に喜んでほしい》という欲求がM側にも芽生えてしまう傾向があります。これはお客様の精神的な健康状態を崩してしまう恐れがあるため
個人的には風俗としてあまり良い事だとは思っていません。
《相手に喜んでほしい》と思う必要のあるSMと、その必要のない風俗とは相性がとても悪いと思っています。)

《能動的リビドー》
《受動的リビドー》
という言葉を用いましたが
ここで言う《リビドー》とは主に各プレイに対する性的な欲求を指します。

能動的リビドーとは
・舐めたい
・触れたい
・噛みたい
・首絞めをしたい
という自発的な性的欲求です。

サド側のこれらの欲求は全て《相手を喜ばせたい》という前提の欲求に支えられていなければなりません。
(それがないのであればサディストは存在できません。)

逆に受動的リビドーとは
・舐められたい
・触れられたい
・噛まれたい
・首絞めをされたい
といった被虐的な性的欲求を指します。

同じ行為でも
・舐めさせたい
という欲求と
・舐められたい
という欲求ではその欲求の出元が違います。
前者は能動的、後者は受動的な欲求で
この欲求と精神の在り方がSMの面白いところでもあります。

ここでようやく「征服」の話に立ち返らせて頂きますが
SMという言葉を聞くと多くの人は

強い《支配欲》と
強い《服従欲求》
とが合致した主人と奴隷による主従関係を想像されると思います。

確かにこれは「征服」の度合いの高い
見るからにSMらしいSMです。

主従の関係では
サドが快楽を与る

マゾがそれを受け取る

その状況にサドが快楽を得る
という「征服」の流れを
とてもダイナミックに体現し、それを享受しています。


しかしその目に見える姿の裏には、「人間を一旦休憩したい。」というマゾの欲求に応える為に、マゾをペットや奴隷として扱い、加虐行為を与えるという共通意識が前提にあったりするのです。

そしてそもそも、この様な高度な主従関係を初めから望んで手に入れるというパターンは
実際にはあまり多くはありません。

ただ単に《支配欲》の強い人間というのはそもそも危険ですし
己の中に《服従欲求》を自覚している人間もそう多くないからです。

SMの始まりとして最も普遍的なものは
ちょっとした好奇心から引き出されたM的欲求《受動的リビドー》と
それに応えたい、それを愛でたいというS的欲求《愛したい欲求》の合致だと思います。

マゾ側の「こんなことをほしい」という、何処から来たのか分からないちょっとした欲求に
サド側は心から応じてそれを楽しむ。

そして「それが好きなら次はこんなこともしてあげたい」
といった具合に
サド側からその内容を提示できるようになれば

ここに「征服」の関係(サドが快楽を与る→マゾがそれを受け取る→その状況にサドが快楽を得る)が成り立ち、SMは開始されるのです。

それをお互いに掘り下げ、助長させてゆくことによって
マゾは己の真に求める快楽に少しずつ気づかされ
サドは自身の欲求を少しずつコントロール出来るように成長する。

そして新たなお互いの欲求を発見し合い
それを高め合うことによって
プレイの内容も自然と高度なものに発展してゆく訳です。

このような過程を経て
多くの人がイメージするような
征服度の高いSMらしいSMが形成されてゆくのだと思います。

この共成長はお互いがお互いを愛し合えばこそなのかもしれません。

そもそもサディズムとは
行き場を失った愛情が形を変えたものだと私は思っています。

とにかく私はSMに対して
ガチガチな主従関係のみがSMだ!という固定概念を捨ててほしいと思っています。
精神的な欲求の合致さえあれば
それはもうSMの領域なのですから
カップルが知らず知らずの内にSMプレイをしていた、などということは全然よくある話なのです。

………………

次回は
[欲求の形成]
[SMにおける誤解]
[サディストの種類]
[DVとSM]
[マゾヒストの種類]
についてお話しさせて頂こうと思っておりますので、堅っ苦しい上に長ったらしいですが宜しければそちらもよろしくお願いします。

因みにまだ[SMの成立]についてしか書いてないので大体この5倍くらいお話が続くのですが、どう考えても長すぎるのでどうにか短くまとめます…

とにかくここまで読んでくれてありがとう&おつかれ様したぁ!!!m(_ _)m

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この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。