女性

Goodbye darling!! Happy everything!!

どうも十字架とニンニクが弱点のみさきですಠ_ಠ

今回もSMについて自分の思う事の続きを書こうと思っていたのですが、自分とお客様の関係について少し書きたい事が生まれましたので、勝手ながら今回はその事について書かせて頂こうと思います。 もしSMの続きを楽しみして下さった方がいらっしゃいましたら申し訳ありませんm(_ _)m

勝手ながらそれについてはまた次回書かせて頂こうと思っておりますのでよろしくお願い致します。

先日、ユーザー様から「女性用風俗で働く中で体験した素敵な思い出ってなんですか?」というご質問を頂きました。

それについて考えた自分は、現在のお客様のお顔や以前指名して下さっていたお客様のお顔、そして彼女たちと共に過ごした風景など、過去の様々な場面に思いを巡らせました。

少なくとも私にとっては、どの場面も素敵な思い出と呼ぶに相応しい体験であって、どれか一つを絞ってお伝えするにはとても難しく、何とお答えしたら良いのかとても悩んでおりました。

そんな中で、この女性用風俗という仕事に取り組むにあったっての指針を考えるきっかけとなった、あるとても印象深い思い出が私の脳裏を過ぎりました。

しかしそれはきっと、私に質問をくれたユーザー様の意図とは反するお答えになってしまうと思い、それとはまた別の内容のお話をお伝えさせて頂きました。

嘘をお伝えした訳ではないのですが、ここには何も包み隠さずに、私が思う女性用風俗での素敵な体験を書かせて頂こうと思います。

コーナー名も「ぶっちゃけセラピスト」だしいいよね!

Goodbye Darling

「お陰様で彼氏が出来ました。つきましては女風を卒業します。今までありがとうございました。」

去年の秋頃、自分はお客様からこのようなご連絡を頂きました。こういったことをお伝え頂いたのは、当時の私にとっては初めてのことでした。

晴れて彼女の恋人となった男性については、以前からお話を伺っており、彼についての相談にも何度か乗らせてもらっておりました。

彼は決断が早いタイプではなく、深く考えてから物事を行動に移すタイプの、いわゆる奥手な男性のようで、そのことによって彼女は「私には魅力がないのではないか」と、よく悩んでおられました。

私は自分にできることは少しでもその不安を取り除くことだと思い、施術の間は彼女の持つ魅力について、言葉と身体でお伝えさせて頂いていました。

もともと彼女は自分に自信が持てない性格のようで、よく「私なんて…」とぼやいていました。自らの人生においてもどこか悲観的で、いつもどこかに暗い影を落としているような、笑顔の少ない女性でした。

そんな彼女が少しずつ明るくなってゆくことが、少しでも楽しかった日々の出来事を語ってもらうことが、私にとっても喜びでした。

そんな彼女に、恋人ができました。

それは近くで彼女を見てきた私にとっても、この仕事と向き合う立場の私にとっても、とても特別な出来事でした。

暗い過去を抱えながらも、どうにか幸せを掴もうと、いつも彼女なりに必死で足掻いていた事を私は知っていました。

そんな彼女が、未来を疑い怯えながらも、勇気を振り絞って前を向いて、人を信頼しようとしました。

そして今彼女は嬉しそうに笑って、彼との日々を語っています。

その時私は、何と名付けて良いかわからない、不思議な気持ちでいっぱいになりました。

飛び立つ鳥を見守るような、夜汽車に向かって手を振るような、少し寂しくてどこか切なくて

だけど「頑張れ」と、「幸せになれ」と、喉が枯れるまでそう叫びたくなるような、そんな気持ちで溢れました。

彼女がこんなにも強くなったということが、勇敢にも踏み出したその一歩が、何故だかとても誇らしくて、嬉しくて、おめでとうではとても言い尽くせない気持ちでした。

これほどにひたすら誰かを讃えたいと思ったのは、生まれて初めてのことでした。

私はただ、言葉と体を使って、そこにある彼女の魅力についてお伝えさせて頂きました。私にはそれしかできません。私がやったことはただ、彼女の持っているものをそのまま彼女にお知らせしただけです。

それなのに、私のお陰だと言ってくれて、沢山の感謝の言葉をくれて、私は息が詰まりました。

こんな誉はないと思いました。

本当に、彼女の役に立てて良かった。彼女が彼女自身の幸せを追いかける、その後押しが少しでも出来たなら、自分にも少なからず、何かの価値がある気がして、それが心から嬉しかったのです。

Happy Everything

その時自分はこの仕事に就いて初めて、誰かの役に立てている事を、目に見えて実感できた気がしました。

その頃の私はきっと迷っていたのだと思います。この仕事の意味や価値について、ずっと疑っていたのだと思います。

私は自分のお客様を、無闇に翻弄しているだけなのではないか。大袈裟に言えば騙しているのではないか。その人に尽くせば尽くすほど、返ってその人を不幸にさせているのではないか。こんな男が色を売るような仕事はどれだけ真面目にやったところで、ただ言い逃れをしているに過ぎない。自分の行いが違っていないと、自分に言い聞かせたいだけであろう。結局のところこの仕事の本分は、か弱い者からの搾取であろう。女性の好意を利用して、女性の愛情を馬鹿にして、そうして生き長らえているのではないか。

今でもこのような事は考えるのですが、当時はこのことについて、今よりずっと思い詰めて考えていたのだと思います。

誹謗中傷を受ける事について、私が強くいられるのも、ただその意見に対してその通りだと同意しているからです。男のくせに風俗を仕事にしている。その事実だけでも私がボロクソ言われるには十分な理由だと思っています。

どんな嘘を吹聴されようが、どんな謀略に嵌めれようが、彼女たちはきっと正しい。手法はどうあれ悪人を貶めることは正義なのです。

そのような意識で、自己肯定をするつもりもないまま、罪悪感に潰されない程度に言い逃れをして、この仕事を続けていました。

だけどそんな自分が、誰かの人生の役に立っていたのかもしれない。

現に彼女は自分の幸せを見つけようとしてくれた。応援に応えようとしてくれた。それがただただ嬉しかったのです。

これを喜んで良いのかはわかりませんが、何故か自分の何かが肯定されたようで、その時は涙ぐむほど嬉しかったのです。

お陰様だなんてとんでもない。あの時彼女に救われたのは私の方でした。

クズかごのウッディー

当たり前ですが女性用風俗というのは風俗です。風俗というものはもちろん遊びや道楽の類です。なのでそのような目的で利用されるのが最も理想的かとは思います。

しかし現実はそんなに単純ではありません。特に女性は男性などよりも余程複雑な生き物だと考えますので、何かの救いを求めて利用される方、自らの自信を取り戻すために利用される方、様々な思いを持った方が、藁をも縋る思いでこの業界の門を叩くケースは少なくないと思っております。

ここで私が声を大にして言いたいことは、それは決して恥ずかしいことではないということです。

藁に縋ることは何も悪くない。生きようすることは何も悪くない。必死に生きようともがく人間を笑う権利など誰にある筈もありません。もしも風俗なんかに頼っていると馬鹿にされるような事があるのであれば、ご迷惑でなければカチコミを入れさせて頂きたく思いますのでご一報下さいませ。

そしてこんな自分ですら縋れる藁だと思ってもらえるのであれば、その時こそクズの意地の見せ所です。

これも声を大にして言いたいのですがセラピストなんて奴らは全員クズです。もう一度言います。セラピストは漏れなく全員がクズです。(ご意見のある方はヒメゴト東京までお問い合わせ下さい^ ^)

しかしクズにも二種類ありまして、意気地のあるクズと意気地のないクズが居ります。

意気地のないクズは掴んでもただの藁。何の抵抗もなくそのまま深い滝壺の底へと落とされてしまうことでしょう。

しかし意気地のあるクズは藁から小枝くらいには頑張ります。これがクズの意地でありプライドです。少しでもどこかに引っ掛けてやろうとクズのくせして頑張るのです。クズにも感謝や恩義はあるのです。しかし所詮はクズですので、過度な期待は禁物です。抵抗虚しくそのまま滝壺に落ちてしまう事も多々あります。というかそのケースが殆どでしょう。

溺れた時はやはり大きくがっしりとした大木に抱きつくのが一番なのです。

あの時私が彼女の役に立てたのも、たまたまの偶然が重なっただけだと思います。偶然にも大木の近くに流れ着いたのです。今思い返してみても、やはり私のような藁の力などなくとも彼女は自らの力で大木に抱きつけていたのではないかと思います。

お陰様だなんて本当に恐れ多いです。ですが当時の私にとって、それが心底救われたお言葉であったことは間違いありませんでした。

話がだいぶクズ方面にそれてしまい申し訳ないでゲス。しかしセラピストであるないに関わらず、価値のない男性がこの世に腐るほど居るのは事実だと思っております。

それに比べて価値のない女性というのは滅多に居ないように思います。私は魅力的でない女性を目の前にした事はありません。少なくとも今までこの仕事を通して出会った方の中で魅力を持たない方はおりませんでした。いやほんまやで。だからたとえ謙遜の意味だとしても、女性が自らを貶すような発言をすることが私はあまり好きではありません。

女性はやはりいつまでも乙女です。どんな方にもその乙女が垣間見える愛らしい瞬間は必ず存在するのです。それは自然とうっとり微笑んでしまうような、とても美しい瞬間で、それこそがこの世界中で最も高尚な価値なのではないかと思ってしまうほどなのです。自信を持てない女性にはどうか少しでもそれを自覚してほしいと願っております。

ひとつ誤解を招いてしまわないよう付け足したいのですが、私はここで卒業が正義だと言いたいわけではありません。

風俗という道楽を長く楽しんで頂けることは我々としてもとてもありがたいことです。

ただ少なくとも、私が居なくなることによって彼女たちの人生が狂うような立ち振る舞いをしてはならないと思っています。

我々は単に飽きるまで遊べるおもちゃです。

たとえ居なくなってしまったとしても、お気に入りのおもちゃで遊べなくなるのが悲しいと、それくらいに思って頂けたら幸いです。

アンディーとウッディーのようなものです。アゴが出ていたらそいつはバズです。

そうですね、「誰がなんと言おうと君は素敵な女の子さ。今だっていつまでだって、君をを肯定し続けてやる。俺はいつだって君の味方さ。」背中のヒモを引っ張ったらこんな音がするウッディーになりたいです。

なんか素敵なおもちゃでしょう?でもこれはおもちゃなのです。

現実が潤えば非現実は不要になるでしょう。もしかしたらいつか不要にならなければならないのかもしれません。でもいつでもまた帰って来ていいんです。たまにはおもちゃで遊ぶことも人間には必要なんじゃないかと思います。

それにアンディーはウッディーを忘れるかもしれませんが、ウッディーはアンディーを忘れません。だからそこは安心していて下さいね。

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。