楽しい疑似恋愛

どうも 虫・毒タイプ、とくせい:ふゆう のみさきですಠ_ಠ

今更ですが、私は女性向け性感マッサージのお店に所属し、セラピストと呼ばれている者です。オイルマッサージや性感マッサージ、ご要望によってはSMプレイや変態プレイなどによって、多種多様な快楽を提供する事が我々の務めです。そしてこのサービスの中には「疑似恋愛」なるものが含まれており、時に我々はそのようなご要望を頂く場合がございます。
そんな時に我々風俗店キャストが提供する「疑似恋愛」とは一体何なのか、どういったものであるべきなのか、本物の恋とは何が違うのか、今回はそのような点について、私なりにではありますが考えを述べさせて頂こうと思います。

そもそも私はこの仕事において「疑似恋愛」を求められる事があるとは思いませんでした。この仕事を始めた頃の私は、ただお客様に施術を施し、お客様ひとりひとりの性に対する好奇心や欲求を満たすために、己の経験や技術を活かす事がこの仕事の本質であると思っておりました。しかしその考えは甘かったようです。

大抵の場合、深い快楽は精神の和らいだ先に生まれます。精神を和らげる為には、疑似恋愛とまでは行かなくとも、せめてそこに好意がなければいけません。そして女性は男性のそれとは異なり、肉体だけでなく精神的な悦びにも多大な充足を感じ取ります。愛でられている感覚が前提になければ、快楽に浸り切る事は難しいでしょう。つまり好意や疑似恋愛のようなものは、この仕事において欠かすことの出来ないファクターであり、むしろ性感などの技術がなくとも、そのスキルさえ有ればこの仕事は成り立ってしまうのかもしれません。そしてその疑似恋愛や好意の芽生えこそが、この界隈で最も怪奇な迷宮の入り口であり、沢山の悲しみの源流になっていると思います。

銀幕ヒロイン

私は「疑似恋愛」というものはそれを行う人たちの間にいくつかの共通理解がなければ、決して楽しむ事のできないものだと思っております。具体的には以下のような理解が必要だと思います。


①お互いにそれが「擬似」の恋愛である事を認識し、その意識を持続させる事。
②決して未来に関係を見据えない事。
③お客様がその関係を終わらせたいと願った場合、キャストは快くその願いを聞き入れる事。
④要求の上限をお互いに設ける事。


少なくとも上記の四点を共通理解として両者が持っていなければ、疑似恋愛を楽しむ事は難しいと思います。この内のどれかがあやふやになってしまったり、何処かに歯止めが効かなくなって仕舞えば、それは疑似恋愛を楽しむのではなく、疑似恋愛に苦しめられる事になってしまあと思います。中にはその苦しみさえも楽しんでしまえる酔狂な方もおりますが、基本的にはそうなってしまったら本末転倒です。苦しい事ばかりの世の中でそれを増やす行為はナンセンスです。心から楽しめない事に時間と賃金を浪費する事は、ご自身に対する不遜のようにも思えます。これはSMにおいて主従関係を結ぶ場合にも同じ事が言えると思います。

ではどのような方が疑似恋愛を楽しむ事に向いているのか。それは自らの人生に余裕があり、少なくとも日常が満たされている方だと思います。
「偽物なんかじゃ満たされない。」「二人の関係に未来を望みたい。」「関係の終わりを恐れていてほしい。」「何を求めようと受け入れてほしい。」そう思わずにいられるのは、それらについて事足りているから、余裕の内側で疑似恋愛という遊びを存分に楽しんでいるからだと思います。きっとどれだけ映画のヒロインのように扱われても、それはスクリーンの中で行われている事に過ぎないのだと、そう切り分けられるほどに達観できなければ、これを純粋に楽しむ事は難しいのではないでしょうか。

甘いペテン師

しかし当然の事ですが、誰もが疑似恋愛をするほど余裕があるわけではありませんし、その様な方ばかりが風俗店を訪れる訳でも決してありません。むしろこれまで散々異性に傷つけられ、それでも異性からの優しさを求めたいという一縷の望みから、女性用風俗店の門を叩く方も少なくはないと思います。
そんな方に対して我々はどのように、疑似恋愛を以って触れ合ってゆけば良いのか。私はその答えについては、何も考えてはいけないと思っています。女性の待つ恋心の如何については、我々がどうこうできるものではありません。仮にそれをどうにかしようとしたところで、それはこちらの意思の身勝手な押し付けにしかなりません。


あなたに余裕があろうがなかろうが、我々は問答無用であなたに好かれようと尽力します。それが楽しかろうが苦しかろうが、我々は容赦なくあなたの心を侵蝕しようと努めます。それによってそこに悲しみの種を植え付けたとしても、我々はそうする他に術がないのです。


善人ぶって口当たりの良い綺麗事を並べる方もおりますが、残念ながら我々は善人ではありませんし、並べられた言葉もただ見栄えの良い欺瞞でしかありません。もしも真に善人を志すのであれば、我々はもっと素っ気ない態度でお客様に接するべきなのかもしれません。ヤマアラシのジレンマというやつです。しかし我々の立場はどう足掻いても商売の上に成り立っており、そうである以上、その様な態度をとっていては収益に繋がらないのです。


よって我々は嘘や駆け引きを巧みに操り、目の前のお客様を「その気にさせる」といった事を、上手くやってのけなければなりません。それを振り払えなかったとしても、それはお客様のせいではありません。騙す者より騙される者が悪いだなんて事はあり得ません。つまりこれは、そんな詐欺紛いな仕事なのです。突き詰めればこの仕事に就いている人間は善人である筈がないのです。皆が皆立派なペテン師であり、望まずとも誰かを弄んでいます。

嘘吐きのルール

もちろんこれは私の勝手な主観です。ちゃんと需要と供給によって成り立っているのだから、この仕事をそんなに悲観視する必要はないという事は分かっています。しかし我々が恋と未来に飢えた寂しい人を誘惑している事も事実です。私はこのジレンマに抗う為に、そして少しでも善人ぶる為に、この仕事をするにあたって幾つかの決まりを設けています。


私は地縛霊でいようと思っております。近づけば全力で呪いますが、こちらから取り憑いて追いかけ回すような真似は致しません。去り行く人があるときは、きっとここより幸せな場所へ飛び立ったであろう事を信じて見送ります。そして私はただまたこの僻地へ迷い込む訪問者をじっと待つのです。
営業回りも致しません。毒林檎を売って回る様な趣味が私にはないからです。もっと甘い天然の果実の味を知ってほしいと思います。合成着色料の色鮮やかさにどうか惑わされません様に。それと私は単純に訪問販売というものが嫌いです。欲しいものがあれば人は自ら手を伸ばします。余計なお世話でこれ以上人の弱みにつけ入るような真似をしたくはありません。


これらは私の人に対するせめてもの敬意であると同時に、染まりきれない私の弱さです。正しさが何かなんて事は分かりませんし、もちろん私の述べた事が正しいわけでもありません。それでも私はこうして考えても仕方のない事を考え続けなければ、この仕事を続けられないのだと思います。

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。