女風

性風俗従事者としての誇り

こんにちは、湯藤レイです。

※今回、少しだけ感情的な文章になっておりますので、いつもとはテイストが異なります。ご注意ください。

「女風セラピスト」はあくまで性風俗従事者であり、言うまでもなく風俗屋です。

「風俗屋」と聞いてどのような印象を受けるかは人それぞれだと思いますが、残念ながら世の中のイメージはあまり良いものではないでしょう。

「お金の為に身体を売るなんて……どうしてそんなことをするんだ?」
「誰とでもエロいことをするなんて……どうしてそんなことができるのか?」

これは、実際に、僕が言われた言葉です。
(どちらも男性から言われた言葉です)

言った本人としては、悪気などもちろん無いでしょう。

ただ、これらの言葉には、やはり性風俗やその従事者に対する偏見が見え隠れします。

そこで、これらの言葉に関連して、3つのテーマで話をしてみたいと思います。

 ①お金の為に身体を売ることに、理由が必要なのか
 ②誰とでもエロいことをできるのは何故か
 ③社会(特に男性)が性産業にどれだけ支えられているのか

お金の為に身体を売ることに、理由が必要なのか

真っ先に浮かんだ疑問が、これです。

「お金の為に身体を売るなんて……どうしてそんなことをするんだ?」

この言葉は、「身体を売るなんて、よほどの理由があるのだろう」という決めつけから出てくる言葉だと思います。

でもね、その決めつけ、大きなお世話なんです。

価値を提供して、その対価としてお金を頂く。

どんな仕事であれ、このシンプルな関係式がその根底にあります。

この関係式が成立するのは、確かにその提供される価値が存在しているから、です。

もっと簡潔に言えば、需要があるところにこの関係式は成立する、ということです。

需要に対して、価値を提供し、対価をもらう。

これ以上も以下もありません。

誰とでもエロいことをできるのは何故か

次に浮かんだ疑問が、これです。

「誰とでもエロいことをするなんて……どうしてそんなことができるのか?」

この言葉は、「誰とでもエロいことをするなんて、自分にはできない」というその人自身の価値観を僕に当てはめた為に生まれた言葉だと思います。

これについては、いくつかの観点で否定できます。

1つは、自分の価値観という枠組みに無理矢理相手を押し込めることは、悪だということです。

人には人の価値観がある。

自分の価値観を押し付けることは、多様性が叫ばれるこの時代にそもそもふさわしくないですし、人として非常に低俗です。

もう1つは、「誰とでもエロいことをする」ことが可能なのは、能力があるからです。

例えば、何かしらの単純作業をひたすら繰り返す仕事があるとします。

この仕事は特殊な専門知識はいらず、マニュアルがあれば”誰でもできる”仕事……と思うかもしれません。

しかし、延々と単純作業を続けるというのは想像以上のストレスになります。

つまり、この仕事を続けるのは、「このストレスに耐えることができる能力」が必要なのです。

“誰でもできる”仕事ではありません。

しかしこの例に対しては、「特殊な専門知識や学が無いから仕方なくこの仕事をしているのではないか」と浅はかな反論が来るかもしれません。

なので、もう一つだけ例を挙げてみます。

名門大学を卒業後、海外でMBAを取得。起業したビジネスは軌道に乗り、メディアも注目している青年実業家。

彼の仕事は、”誰でもできる”仕事でしょうか。

もちろん、学の高さや、専門知識・資格、ビジネスセンス等が無ければ、この仕事は務まらないでしょう。

しかし、それらを兼ね揃えているのであれば、”誰でも出来る”仕事なのか?

否、多くの起業家は、手探りの中で先頭を走り続けるストレスに耐えることはできないでしょう。

つまり、この仕事を続けるには、「ストレスに耐えることができる能力」が必要なのです。

話を戻しましょう。

「誰とでもエロいことをするなんて……どうしてそんなことができるのか?」

この質問に対する僕の答えは、「できるから」です。

あなたには出来ないかもしれないが、僕にはできる。

ではなぜあなたはできないのか?

身一つでできる、簡単な仕事なのでは?

そう、違うのは「誰とでもエロいことをする能力」が有るか無いか。

あなたには「誰とでもエロいことをする能力」がないかもしれないが、僕には「誰とでもエロいことをする能力」がある。

風俗業は、やろうと思えば“誰でもできる”仕事じゃないんです。

社会(特に男性)が性産業にどれだけ支えられているのか

僕に冒頭の言葉を投げかけた男性は、性風俗を利用したその体験談を僕に自慢気に話す方でした。

出張に行くことがあればデリヘルを呼んでみるといい、と笑いながら僕に勧めてきた方でした。

あなたが性欲や仕事でのストレスを解消するためにお世話になっている、風俗嬢の方々と僕は同じことをしているのです。

それなのに、あなたは風俗業を批判するのか。

たまに、風俗を利用した男性が、風俗嬢の方に対して説教を垂れるという話を耳にします。

「こんな業界にいちゃいけないよ」
「もっとまともな仕事あるでしょ」

この類のエピソードを聞くたびに、虫唾が走ります。

性産業が無くなったら、あなたは普段のストレスフリーな生活を送れるのですか?

どれだけの価値を享受できていると思っているのですか?

確かに、全く使わない方だっているでしょう。

使っちゃいけないと思いながらこっそりと使っている人もいるでしょう。

でも、実際にそこに使っている人が、必要としている人がいるのです。

僕は、性風俗産業は、社会に必要な産業だと思っています。

だからこそ、そこで働いている人々も社会に必要とされている人々なのです。

今回は、少しだけ感情的な文章になってしまいました。

もちろん、業界が未熟なために、犯罪が絡むようなお店・セラピストが存在していたり、お客様が傷つくようなことが起きたり、様々な問題も山積みです。

でも、だからといって業界が無くなってしまえばいい、業界従事者は批判されるべき人間だ、という理屈は僕は全力で否定させて頂きます。

どうか、性風俗業界の見られ方が変わっていきますように。

以上、湯藤レイでした!

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

湯藤レイ
湯藤レイ

女性用風俗セラピスト。
Twitter裏垢男子、ウリ専キャストなどを経験し、女風業界の門戸を叩いた。
主に「ぶっちゃけセラピスト」コーナーにて筆を執る。
(たまに座談会等のMCなんかもやります)