女性

セラピストなんか死んじまえ①

どうも妖怪乳ねぶりことみさきですಠ_ಠ

突然ですが、私は女性用風俗という業種に対して常に悲観的な考えを持っております。この職業がお世辞にも綺麗な職業とは言えないという事を深く自覚しながら、私は今日この日までこの仕事を続けて参りました。それはこの仕事が「性」という表立って公言出来ないものを扱う仕事だから、という訳ではありません。私は性風俗産業従事者を汚らしいと思うような価値観を持ち合わせてはおりません。そうではなく、この女性用風俗という仕事にはもっと抽象的で根本的な「醜さ」が潜んでいるという感覚が、いつまでも私の胸中から拭えずにいます。

今回はこの女性用風俗という仕事の存在意義や役割についてなどもお話しながら、私が感じるこの「醜さ」の正体について迫ってゆけたらと思います。タイトルにもあります通り、この記事には女性用風俗に対して批判的な内容が少なからず含まれており、言わなくても良い、むしろ言うべきでない言葉も多分に含まれているのではないかと思います。もし不愉快に思われる箇所がありましたらその場で閲覧を中断して頂けるとありがたいです。所詮はその辺の風俗キャストの戯言ですので、余り間に受けずにお読み頂ければと願っております。

なぜ女性用風俗は成り立つのか

我々の職業は性風俗業です。性風俗とはその名の通り主に性的なサービスを娯楽として提供するお仕事の事です。お客様がこのサービスを利用される理由としては主に以下が挙げられると思います。

「性欲の発散」

「偏った性癖を満たす為」

「好奇心を満たす為」

「現実逃避」

「精神の安定」

そして性風俗を利用されるお客様の性別によって求めるものの傾向は変わってくると思います。男性の場合は「性欲の発散」「偏った性癖を満たす為」「好奇心を満たす為」などの本能的な目的を持って利用するケースが多く、逆に女性の場合は「現実逃避」や「精神の安定」など精神的な目的で利用される方が多いように思います。私はSMという本能的な要素の強い行為を主としてこの仕事に従事しておりますが、実際にSMの中には多分に精神的な抱擁が含まれており、むしろそれこそがこの行為の肝であったりもします。もちろん男性が精神的な目的で利用する場合もあれば、女性が本能的な理由で利用する場合もあると思います。しかしもし我々女性用風俗のキャストが、女性であるお客様の本能的な利用目的しか満たせないのであれば、この業界が成り立つ事はなかったと思います。単に性的な目的を果たす為であれば、女性はハプバーやSMバーへ行けば事足りるのではないかと思います。精神的な充足を性風俗に求めるお客様が多数存在しているからこそ、この女性用風俗という業界はこの規模で成り立っているのではないでしょうか。

では何故精神的に満たされていない女性が数多く存在するのか。それは単純に世の男どもが不甲斐ないからだと思います。もし世の中の男性の誰もが、パートナーを心身共に満たす能力を持っており、一人の女性を徹頭徹尾愛し抜く事ができるのであれば、我々女性用風俗キャストの価値は地に落ちてしまいます。恐らく「それでも満ち足りない!」という欲しがりわがままボディなお嬢様からの需要しか、我々にはなくなってしまうでしょう。つまり世の男どもが不甲斐ないクズ男であり続けているおかげで、我々には活躍の機会が回ってくるのです。よって我々は日々、世の不甲斐ない男どもに感謝しなければなりません。そしてそれと同時に、我々は世の本物の男性たちに深く謝罪し続けなければばなりません。有償の愛しか持ち合わせていない偽物の私たちは、無償の愛を持つ本物の彼らにとっては、薄汚いハイエナ同然であり、ただ悪戯に女性を弄ぶ狡猾な偽善者なのです。我々など居なくとも、彼さえ彼女の前に現れてくれれば、そこには偽りなき真っ当な幸福が芽生えることでしょう。我々は真に愛情深い彼が現れないからこそ、この世に活躍の場があるのです。そもそも有償の愛なんてものは、愛そのものを馬鹿にしており、愛に対する侮辱であると私は思います。

彼女たちの覚悟

我々はどう足掻いても偽善者です。数少ない本物の男たちからは罵倒されて然るべき存在です。しかしそんな事は利用者様は百も承知と思います。それが偽物と理解した上で、それでも満ち足りない何かを満たす為に、利用されているのではないかと思います。その心中には利用者様の覚悟が存在していると思っております。

目の前のすぐ手の届くところに、求めていたものとそっくりな何かが揺らいでいる。今にもその手に掴んで仕舞えそうなそれは、時に甘怠く誘惑し、時に一層魅力的に光る。しかしそれはあなたが心底求めたあれとは違う。それはあれと良く似た幻である。あれと良く似た虚無である。だから決して掴んではいけない。それを本物と信じ込んで、その手に掴もうとして仕舞えば、きっと悲しく命を削るであろう事を、肝に銘じて会いに行く。

恐らくこのような覚悟を持って利用されているのではないかと思います。しかし人は皆が皆そのように強く覚悟を持てる訳ではありません。覚悟を持ったつもりでいても、いつしか揺らいでいたなどという事はいくらでもあり得る事だと思います。私はその揺らぎが悪いことだとは思いません。弱いということは決して、断じて、全くもって、悪いことではありません。むしろ人を信じる心というのは、とても美しく尊い心情だと思います。そしてもちろんその覚悟がないからといってこの風俗の利用に向いていないだなどと言うつもりも全くありません。

もしもそのようなお客様の覚悟や決意が揺らいでしまうような事があったならば、その全ての責任は我々キャストにあります。たとえ色恋営業のような露骨な接客はしていなくとも、それは言い逃れにはなりません。何故なら我々は少なくともお客様に好かれようとしなければなりません。お客様に対して、優しさや気配りなどという形で、自らが好かれるような素振りを見せてしまいます。そして我々はお客様を沢山喜ばせようとしなければなりません。お呼び頂いた時間の許す限り、我々は心身共にお客様の為だけに尽くします。そんな我々を信じ、より多くを欲してしまう事が悪であり、この性風俗というサービスを理解し、なぜ我々が好かれよう喜ばれようと尽くすのか、その優しさの裏側を悟る事が正義である。というのがこの界隈の通説です。本能的な目的を持つ男性にとってはこれで良いと思います。しかし精神的な目的を持つ女性に対して、虚構を楽しむ事を押し付けるのは少々無理があるように思います。そのような目的を持つお客様によって支えられている界隈であるにも関わらず、我々は自らが偽善者である事を示し続けなければなりません。いつか本物を求められたときには、ただ理解してくれとしか言えないのです。

我々はお客様に対し、自らを好むように仕向け、恋心に等しい感情を抱かせておきながら、それについて気づかないふりをするのです。お客様がご自身の中でその感情と戦っている事を知っても、気づかないふりを続けるのです。これは偽善者どころかペテン師の所業だと思います。こんな様では「女を騙して金を巻き上げる最低な職業」と揶揄されても、反論できる筈がありません。売り上げが全てな結果主義の世界で行われる行為にしては、我々が施術と呼ぶものはあまりに残酷過ぎると思います。施術というものはもはやマッサージや性感の技術を磨くだけで完結するようなものではないのです。

私は慈悲や憂いを駆使しながら、偽物をまるで本物であるかのように繕う自分を心底愚かしく思っていました。私が女性は本来誰もが愛されるべき価値を持っていると信じていた事も、そう思った理由の一つです。そして私の何より愚かしいところは、私は本物を生む能力などないのにも関わらず、偽物を作り出す己を呪っていたところにあります。

という事で次回「どうせ地獄に落ちるなら、せめてこの手で落としてやる」編に続きます。ここまで読んでくれたのであれば、次回もぜってえみてくれよな!

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。