女風 女性

セラピストなんか死んじまえ②

どうも妖怪小豆すすりことみさきですಠ_ಠ

今回も前回に引き続き物騒なタイトルのお話をさせて頂きます。前回は我々女性用風俗店キャストに内包される「醜さ」について、私が日々感じでいることをご説明させて頂きました。内容を要約しますと、「我々は無償の愛を持つ本物の男ではなく、有償の愛しか持たぬ偽物の存在である。それを承知でご来店頂くお客様に対し、我々は好かれようと最善を尽くす事を止めず、お客様の覚悟を揺らがせる様な真似しか出来ない。これは偽善者を通り越しもはや詐欺師と呼ばれても仕方がないのではないか。」といった内容であったと思います。

そして私は全くもってまだまだ、このセラピストという生き物の「醜さ」を語り尽くせてはいませんので、今回も如何に我々が愚かで不誠実な生き物かについてこつこつとご説明を続けさせて頂こうと思います。

前回同様この記事には批判的な内容や敢えて言わなくても良いような内容が含まれておりますので、それらを不愉快に感じた場合はなるべくその場で閲覧を中止して頂けるとありがたいです。偽物の男の言う事ですので、軽んじて受け止めて下さると幸いです。

もがれた腕に絆創膏

前回私は「女性用風俗店が存在できるのは、世の不甲斐ない男共のお陰である。だから我々は軟弱な彼らに感謝すべきだ。」と述べました。しかし私が風俗店キャストとしてではなく、一人の男性としての立場をとるならば、我々は決して彼らに感謝などしてはいけないのです。感謝を示すということは「女性を傷つけてくれてありがとう。お陰で私は仕事で稼ぐ事ができる。これからも君たちはその調子で、女性を苦しめ続けてくれ。」と、そう伝えるようなものです。こんな馬鹿げた話はありません。本来彼らに与えるべきは、感謝ではなく憎悪であり、傷を負った女性に与えるべきは、我々のような有料のサービスではなく、慈愛による無償の抱擁です。対価のない愛情であれば、その傷もたちまち治ることでしょう。私は女性は誰もがそれを受け取るだけの価値を、十分に持っていると思います。本来あなた方は問答無用で愛されるべきだと思うのです。

もちろんこれは単なる綺麗事です。現実がそう上手くいくはずがありません。我々が提供できるものはそんな時のための妥協案であり、応急処置のようなものです。しかし我々は「オプション」という欄に書かれた「キス」や「ハグ」の文字の滑稽さについて、そしてそれを選択するあなたがどの様な思いを抱えるかについて、考えなければならないと思います。我々はその無力さ故に、愛情というものだけでなく、あなた方女性の価値そのものさえ、蔑んでいるように思います。

平和の必需品

この仕事を続ける中で、お客様から感謝のお言葉を頂ける事があります。以前よりも毎日が充実した、自分磨きが楽しくなった、自分に自信が持てるようになったなど、お客様によって様々ですが、そのように言って頂けた時には私も素直に嬉しく思います。しかしそう思うと同時に、どこか虚しい感情が必ず私を襲います。その理由はやはり、この仕事に対する私の否定的な気持ちからきているのだと思います。

キラキラと笑う姿を見る度に、私には後ろめたさが付き纏います。こんなにも愛らしく笑う人に、私が施せるのは偽善や欺瞞で、その上私はそんなあなたを、食い物にして過ごしている。そんな思いが拭えない私は、少なくとも自分が感謝を告げられるような存在には思えません。もちろんこれは私の勝手な悲観的解釈です。我々はお客様に夢を見せ、安全な快楽を与えることが仕事であり、その対価として料金が発生していると、そう肯定的に考える事もできます。しかし私はその考え方に快く賛成ができません。その頭を撫でる度に、やはりあなたは無償で愛されるべきだと、思う存分に夢を見るべきだと、それがあなたには相応しいと、そう思ってしまいます。私が売る贋作などではなく、どうか憂いでも情けでもない本物を見てほしい。その笑顔は私などの前ではなく、本物の前で輝くべきだと、そんな思いで見つめてしまいます。

これは私の勝手な価値観ですので、これを押し売るつもりはありません。ただあなた方女性には間違いなく、報われるだけの価値があります。性格や容姿などとは無関係なところに、その愛らしい何かはあって、それは恐らく本人には気づけない女性特有の眩耀なのでしょう。出来る事なら無根拠でも良いので、「私には価値があるに違いない」と誇りながら生きていてほしいと願います。もしも私にそのお手伝いが少しでも出来るなら幸いです。

もちろんそういった面倒な情緒の呵責は抜きにして、女性用風俗店を単に娯楽や息抜きの場として捉え、それを存分に楽しみご享受頂けるのであれば、それは私としてもこの上なく晴れやかに思います。私も妖怪マタナメとして、めいいっぱい楽しんでお相手致しますので、その際はご遠慮なくお願い致します。渾身の淫猥さをもって、心身を這い回らせて頂きます。

希望と別れた先の欲情

私はお客様の隣に立つ際には、なるべくこの価値観をしまい込むよう心掛けております。この考えは時に私の仕事の妨げになるのからです。私の考えでは私の隣に長居することに生産性はなく、共に行く先には崖しかありません。私というキャストの使い方としては、単に性的な娯楽として楽しんで頂くか、応急手当として利用して頂くのが無難かと思っております。しかし私が無難と思うこの考えは、恐らく業界の中では建前に過ぎないのだと思います。きっとこの業界も本心では、崖まで連れ添うことを望んでいます。何故ならどっぷりと沼に浸からせられれば、それは安定した顧客の誕生だからです。

前回もお話しました通り、少なくとも私はあなたに好かれようとします。残酷にも私は沼の底から、甘たるい言葉であなたを呼びます。無闇矢鱈に呼びはしませんが、こうした地獄への手招きも、この仕事の大切な業務の内の一つです。ここで私は自己の内に矛盾を生みます。先程述べた私の価値観とこの仕事の上での私の行動は、全くもって一貫しません。しかし私は罪深いことに、これらの矛盾を見事に飼い慣らし、私自身を欺いております。

具体的には以下のような言い訳によって欺いております。これは当然のことですが、お客様の幸せは私の決めるべき事ではありません。私の目に虚しく映るようなことでも、当人にとってはそれが不服のない喜びなのかもしれません。つまりその人にとっては、私と一緒に崖へと進むことが幸せと信じているかもしれないのです。その道が地獄に続くと知っても、そこがあなたの行きたい場所ならば、私は快く案内いたします。もしもあなたが希望などという言葉に愛想を尽かす日がきたのであれば、その時はどうか末永く私の側にいて下さい。唯一の願いも叶わぬ地獄で、哀れなまでの渇きを持ち寄り、不毛に体を寄せ合いましょう。

さらにこの様な言い訳も付け加えます。私の側で私によって地獄に落とされるのであれば、何処の馬の骨ともわからぬ者に搾取されるよりはマシである。あなたの苦しみも悲しみも私が管轄できるのであれば、知らない場所で泣かせるよりはマシである。どう転んでも泣くのならば、せめてこの手で泣かせるのです。それが私にできる最善です。私はこの仕事は誰かを幸せにするものではなく、誰かの悲しみを調整する仕事なのだと思っております。生きてゆく内に溜め込んでしまった悲しみに、快楽や慈悲を調合して、少しでも口当たりの良い悲しみへと変換するのです。事によれば調整ではなく支配の方が理想的なのかもしれません。

このように自身に教え込んで、私は今もこの仕事に就いております。そんな事ぐちぐち考えてんなら辞めちまえとお思いかもしれませんが、私はまだまだ辞められないのです。ここで案内をやめてしまえば、私の目の届かぬ場所でお客様が傷を負うかもしれません。まだまだ痛みは私が与えます。冷たい針の上を歩きながら、共に何もない場所へと向かいます。誰に何と嘲られようと、貶されようと否定されようと、これが私たちの幸せなのです。せめて私は側におります。

以上が私の感じた女性用風俗の醜さについてです。言いたいことを言い尽くした結果、やっぱり「死んじまえ」ってことでした。衝動的にタイトルを書いたのですが、この死んじまえは「地獄に落ちろ」って意味だったみたいです。私はもう先で待っていますので、宜しければ着いてきて下さい。くれぐれも足元にはお気をつけて。

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。