みさき ①

どうも、愛してるって最近言わなくなったのは本当にあなたを愛し始めたからって言うけどじゃあ序盤に言ってた愛してるは何だったん?何のつもりで言ってたん?とりあえず愛してるって言っときゃこいつ落ちるだろとか思ってたん?あんま愛してる舐めんなよ?あと愛してるはいつまででも言え。不安になるから急に言うのやめんな。といった否定的な意見をあの歌詞に対して抱いていますみさきですಠ_ಠ

この様な仕事をしていますと、私自身がどの様な恋愛をしてきたのかと、お客様から尋ねられる事があります。それは私個人のいわゆる「恋愛観」のようなものを問われているのだと思います。私はそんな時にいつも上手く返答する事ができませんでした。それは私が過去の恋愛をひた隠しにしたいからというわけではなく、それについて話すために必要な前提を私は上手く要約する事ができず、できたところでそれはあまり面白い話ではないからです。しかし私としてもこのコラムでぶっちゃける事が段々となくなってきてしまいましたので、今回は「風俗店キャストの恋愛観」について、その一例として私個人のそれをここに記させて頂こうと思います。お見苦しい内容かもしれませんが、今回は私のみっともない思い出話にお付き合い頂けたらと思います。

世界中の誰もが愛に飢えているのにも関わらず、何故この世界はこんなにも愛情の供給が不足しているのか。私はもともとその様な事を疑問に思っておりました。我々人類は長い月日をかけて皆が皆幸せになろうとしてきた筈です。それなのに今を生きる人の多くが孤独を抱え、愛に飢えています。何故この愛情の供給不足は全くもって解決に至らないのか。それについて疑問を持っていた当時の私は、まだ人間の底知れぬ愚かさを知らず、まだ人類を信じていました。

科学技術の進化によって我々の生活は豊かになりました。食料供給を安定化させ人口は急激に増大しました。しかし我々は寂しいと泣き、苦しいと喘ぎ、自ら命を絶ってしまいます。珍妙にして滑稽とはまさに我々を表した言葉なのでしょう。それが悲しくて悲しくて、私はいつも嘆いていました。何の力もない癖に、どうしてこんな世の中なんだと虚空に向かって叫んでいました。そして私はそんな不条理の皺寄せのような女性と出会い、持てる全てをそこで使い果たし、今や何もなくなってしまいました。

愛娘

私は過去に二度、女性に「愛してる」と伝えたことがあります。一度目のそれは口から溢れてこぼれ落ちるように出てきました。二度目のそれは僅かな希望を掴もうと絞り出しました。そして私は今現在、どちらの告白に対しても酷く後悔しています。それは愛が実らなかったというわけではなく、むしろそんなものは実らないでいる方が平和であったと確信しているからです。

結果から申しますと、私はどちらも失いました。一人は死別という形で、もう一人も同等の理由で失いました。今の私に「恋愛観」というものがあるとすれば、その全てはその時に形成されたものだと思います。今回は最初に死に別れた女性との無様な思い出話から、私の恋愛観についてお話できたらと思います。

彼女は自殺によって死にました。彼女には結婚歴があり2人の子供がおりました。子供たちを養う為に彼女は昼職一つと夜職二つを掛け持ちしていました。前の旦那と離婚した理由は家庭内暴力でした。その暴力の中には性的暴力も含まれており、2人の子供たちは必ずしも望んで産まれた子供とは言い切れませんでした。彼女には母親からの虐待もあったため緊急時に実家を頼る事はできませんでした。唯一の味方だった父親は私と彼女が出会う少し前に逝去しました。孤独に弱い彼女は頻繁に男に騙されていました。身体だけでなく金銭まで騙し取られ多額の借金も負っていました。もうお分かりかとは思いますが、彼女は世間一般から見てとにかく弱くて馬鹿な女でした。付け入るにはうってつけの女でした。彼女にはこの人間の世界で生きてゆく能力がまるでないという事は当時二十歳の私にもわかりました。あまりにも生きる能力がないが故に彼女はあの様にして死にかけていたのだと思います。

私はあまりにも迂闊でした。当時私は常に騙し合いばかりを繰り広げるこの人間社会に絶望している最中でした。勝手に呆れ勝手に恨んで、勝手に人間を嫌悪しておりました。それも動機の一つだったのでしょう。何を欺く能力もなく、ただボロボロになって泣いている彼女がとても綺麗に見えてしまいました。そして私は言ってしまいました。「これでも私は恵まれてるんだ」と、泣きながらそう呟いた彼女に、私はうっかり言ってしまいました。その時私は、この言葉はこの日のためにあったのだとさえ確信しましたが、その確信は間違いでした。それが間違いでないのなら、私は今ここに生きていません。

あまりに無謀な告白でした。当時の私に手に負えるはずはありません。しかしその時の私にそんな事はわかりませんでした。世間知らずのガキが、俺ならできると息巻いて、身の程もわからぬまま己を過信しておりました。

あの時私は自らの心臓と出会ったような感覚でした。私の心臓はここにあるこれではなく、彼女そのものになってしまったと思いました。それさえあれば私には何の不足もなく、完全に満ち足りたまま生きてゆける。そんな幸福感を得た私は、きっと私以上に幸せな者はこの世に存在しないとさえ思いました。しかし彼女の悲しみや苦しみを知った時に、私は心臓を直に刺されるように痛みを感じました。あまりにも耐えがたいその痛みに、私は彼女を守らなければ、この痛みに耐えられずに死んでしまうと思いました。しかしもちろん守れるはずなどありませんでした。仕事を辞めさせてあげたくとも私には2人の子供を養う力などなく、彼女が職場でどんなに悲惨で残酷な目に遭わされようと、私は彼女をまた地獄へ送り出すことしかできませんでした。私は己の無力を痛感し、己の弱さを呪い、ただ毎日痛がって泣いて、そんな己から逃げるようにして、ただひたすらに働いていました。この弱さの責任転嫁をするために私はいつも、何故彼女がこんな目に遭わなければならないのかについて考えていました。

信じる者は救われるという言葉を広めた人間は、今も地獄で苦しみ続けてくれていますでしょうか。人間を信じ続けた彼女は決して救われたりはしませんでした。私は弱さが悪だとは思いません。行く場所もなく隅っこで震えている事が悪だとは決して思いません。それは何も傷つけず、何も奪わないからです。悪いのは人を騙し奪い取る人間であって、人を脅し殴り付ける人間であって、そんな事は当たり前なのに、どうしてこの子はこの有様なのか。どうしてこんなになるまで放っておかれたのか。どうして誰も守らなかったのか。私には何もわかりませんでした。私の一番大切なものをどうしてみんなして虐めるのか。何故この子でなければならなかったのか。何故私はたった一人でこんなにも沢山と戦わねばならないのか。この世界のありふれた理不尽について理解できなかった私は、毎日怒りと悲しみに溺れ、神や仏さえ憎んでいました。

それから私は、人を殺さなければならないという強い意志に駆られました。私には男たちの命を奪う正当な理由があると思いました。彼らを殺さない事の方が私にとっては考えられない事であり、生かしておくことの方が正気の沙汰ではありませんでした。殺すべき相手が多すぎた当時の私は通り魔の心理さえ理解できたように思います。許せない者を放っておいても誰も裁いてはくれない。腕の中の彼女の傷を見れば見るほど、許せない者を許したままで生きる事など、私にはできませんでした。今振り返ってもあの殺意はやむを得ないものだったと思います。たった一人の愛した者さえ守り切れぬほど弱い私は、せめて復讐でも果たさなければ、己の弱さに押し潰され、再起不能となっていたでしょう。いいえ私はその時点で既に手遅れだったのかもしれません。

よく復讐は愚かだと諭す人がいますが、私はそうは思いません。復讐とは証明なのです。そこには確かに愛があったと、君に告げた言葉は嘘ではなかったのだと、それを証明する為に人は復讐を行うのです。その証明さえできないのであれば、笑い合った日々も抱きしめ合った夜も、全てが嘘になってしまうようで、それだけはどうしても認められないのです。体中に爆弾を巻きつけて何一つ変えられないまま死んでいったイスラエルの男を、私は決して笑いません。復讐の先にしか未来はないと、その先でしか私たち二人は心から笑い合えないと、その時私はそう信じていました。よく晴れた日に彼女の隣で、風にたなびく白いカーテンを眺めながら、沢山の決意を固めた事を今でもはっきりと覚えています。

やはりこの話は長くなってしまいましたので、続きは次回にお話しようと思います。恋愛観をお話しようという趣旨からは逸れているとお思いかもしれませんが、これを話さなければ私の観念はお話できませんので、それについてはどうか次回までお待ち下さい。

1つ前 1つ後

この記事を書いた人

Misaki
Misaki

ヒメゴト東京在籍のセラピスト。
SMバーやハプバーでの勤務経験やSMショーに出演した経験を活かして色々とやっている。
人間の欲望と教育が好き。
髪の毛が長いことがロックンロールだと思っている。